ダイナミックプライシング実例から学ぶ 顧客が納得する値上げのアプローチ

はじめに

先日、PRESIDENT Onlineに掲載されていた記事「1万2000円の外野席が『95%オフ』の500円に…プロ野球で『チケット価格の乱高下』が起きている裏事情」を読みました。

非常にわかりやすく、診断士試験でも出題される「ダイナミックプライシング」を実務の視点で理解できる内容でした。その一方で、記事を読み進める中で「価格戦略における顧客心理」や「値上げの可能性」について、診断士として改めて考えさせられました。

以下では、記事で取り上げられた事例を整理しつつ、価格戦略における本質的な学びをまとめてみたいと思います。

プロ野球チケットに見るダイナミックプライシングの現実

神宮球場(東京ヤクルトスワローズ)の外野席が1万2000円で売り出され、当日には500円にまで値下げされたニュースはSNSでも話題になりました。価格が大きく動くことで「最初に買った人が損をしたのでは」という声が出るのも当然です。

通常プロ野球公式戦の外野席は2,000~5,000円程度であることから、12,000円はプレミア価格、500円はたたき売り価格であることが分かります。AERA DIGITALによると、2025年は「12球団中8球団が採用」しており、2/3の球団が導入しています。

一方、横浜スタジアム(横浜DeNAベイスターズ)の「エグゼクティブBOX」は1組20万円以上にもかかわらず、販売開始からわずか3日間で160席が完売しました。両者の差は、価格そのものではなく「ターゲット設計と体験価値」の違いにあります。

※AERA DIGITAL(プロ野球の「ダイナミックプライシング」に疑問の声続出 あまりの高騰ぶりに条件の詳細説明が必要か)


値下げが招く顧客感情の不信感

価格は単なる数字ではなく、顧客にとっては信頼やブランドの象徴です。
1万2000円で買った人からすれば、同じ席が500円で売られていれば「自分の判断が軽んじられた」と感じてしまうでしょう。

飲食店でも、昨日1200円で食べたランチが今日は500円になっていたらどう思うでしょうか。単純に「安くなって嬉しい」では済まず、常連客ほど「自分は損をした」と受け止めるはずです。
逆に、航空券やホテルは価格変動が前提と理解されているので、大きな不満につながりにくい。この違いは「納得感をどう設計するか」にあります。


ペルソナ設計が値上げを可能にする

横浜スタジアムの高額シートが売れた理由は明快です。法人や熱心なファンというペルソナを明確に設定し、快適性や特別感を体験価値として設計したからです。ターゲットの心理に刺さる価値を加えた結果、「高くても納得して買う」行動につながりました。

つまり、価格の高低そのものではなく「誰に」「どんな理由で」「いくらで」提供するのかをデザインできているかどうかが分かれ目になります。


値上げが成立するアプローチ

値上げは必ずしも顧客離れを招くものではありません。顧客が納得できる理由があれば受け入れられます。たとえば、

  • 早期購入者には「確実に席を確保できる」安心感を
  • 法人客には「接待価値や特別感」を
  • ファミリー層には「思い出に残る体験」を

このように「その価格を支払う理由」を提供できれば、値上げは十分に成立します。


売上は「単価×数量」のバランスで決まる

価格戦略を考えるうえで外せないのが、売上の基本公式です。

売上=単価 × 数量

単価を上げれば数量は減りやすく、数量を追えば単価は下がりやすい。両者のバランスをいかにとるかが経営における価格戦略の本質です。

短期的な安売りで数量を伸ばしても、消費者の信頼を損ねればLTV(顧客生涯価値)は下がります。見えにくい「信頼残高」が減ることを、コストとして捉える必要があります。


中小企業が実務に活かすポイント

今回のプロ野球の事例は大企業の話のように見えますが、価格戦略の本質は中小企業にも共通します。

  • 値上げは「原価上昇」ではなく「顧客にとっての成果」で説明する
  • 値下げは「安売り」ではなく「条件付き特典化」で納得感をつくる
  • ペルソナごとに「単価を上げる部分」と「数量を取る部分」を分ける

値下げの場面では条件付きの特典化が有効です。雨天時限定の割引、平日昼のみの特別価格、まとめ買いでの特典付与など「理由があるから安い」と顧客が理解できる形にすれば、ブランドの価値を傷つけずに販売促進が可能となるためです。

価格変更の際に「なぜ今この価格なのか」を顧客に説明できるかどうかが、信頼と売上を両立させる鍵になります。


まとめ

神宮球場の「1万2000円→500円」という事例は、ダイナミックプライシングの実験段階だからこその混乱でした。一方で横浜スタジアムの高額シートは、明確なターゲット設定と体験価値によって成功を収めています。

ここから学べるのは、価格戦略の本質は「顧客が納得できる理由を持たせること」。値上げも値下げも、顧客心理を無視すれば不信感を招きますが、理由と価値を設計できれば強力な武器になるということを記事を読んで思いました。